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【授業】成功するまで続ければ、それは失敗ではなくひとつのステップ

こんにちは!
わっしーコーチです。

先日子ども達と「自分の主成分はなんだろう?」という話で盛り上がりました。

子ども達からは「大雑把」「こだわり」「運の良さ」「数学」などいろいろ意見が出た中で、自分の主成分は「ドジ」と言った子がいました。

なんでも、学校で給食をこぼしてしまい先生から「ドジだねぇ」と言われた経験から「自分は失敗ばかりする」と思うようになったとのこと。

くー、胸が締め付けられる…。

ふとした一言が子どもの心にはずっと残っているもの。先生を責めるわけではありませんが、私も気をつけなければなと、教訓にさせていただきます。

さて、その子はもう5年以上Do!に通っていますので良く知っていますが、そんな失敗ばかりしたり、ドジばかりするような子でないのは私がよく知っています。

というよりも、プログラミングなんて失敗やミスなんてよくあります。

そこでちょっと、考え方の話です。

そもそも、「成功」と「失敗」って?

成功と失敗。うまい、下手。誰だって失敗はしたくないし、上手くなりたい。そう思いますよね。

でも、「失敗」とか「成功」って、なんのことを言うのかな、と考えてみたんです。

失敗:
[名](スル)物事やりそこなうこと。方法目的誤って良い結果得られないこと。しくじること。「彼を起用したのは—だった」「入学試験に—する」「—作」
出典:weblio

やりそこなう、いい結果が得られない= 失敗 ということでしょうかね。

では「成功」はどうでしょう。

成功:
 物事目的どおりに成し遂げること。 物事をうまく成し遂げて社会的地位名声などを得ること。「写真家として—する」
出典:weblio

成し遂げること、社会的地位や名声などを得る= 成功 と言う感じのようです。

「しくじった」で終わった時、人は初めて失敗する

「やりそこなった」「いい結果が得られない」=失敗ということなら、” やりそこなわない “なら、どうでしょう。「いい結果を得るまで」しくじり続けた場合、そのしくじりは失敗なのでしょうか。

跳び箱で10段を跳びたい!でも、今は5段しか跳べない。
でも、練習して練習して、何度も転んで、ぶつかって、ついに10段を跳んだとしましょう。

6段、7段、8段、9段と、ここまでのプロセスは失敗だったのでしょうか。私は違うと思います。

10段を跳びたいという目標があって、それに向けて努力をしている最中。真っ只中。確かに今は5段しか跳べない。でもここで「10段に失敗した」とは言えないですよね。「こうなりたい!」と努力し続けている限り、その失敗は「まだ本物の失敗に成りきれていない」状態なんです。

10段を跳んだ時、きっとこう思うはずです。

「今までの練習での失敗は、無駄ではなかった」と。

成功するまでやり続ける。そう考えると、失敗というのはただの1つのステップでしかないことに気がつきます。

大切なのは「やり抜く」こと

「往生際が悪い」という言葉があります。なんか今にもやられそうな悪役っぽいセリフですが、言い換えれば「まだ諦めたくない!」という思いがこもっていることもわかります。

「やり抜けば、失敗は失敗でなくなる。」

そう思うと、「諦めなければ、失敗なんてない」と思える気がしてきませんか?

往生際悪く、どこまでも粘り続けたいですね!

わっしーコーチ

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