AI社会で子どもがプログラミングを学ぶべき理由とは?これからの時代に求められる本当の力
こんにちは!
わっしーコーチです。
「AIがコードまで書いてくれるなら、これからの子どもはプログラミングを学ばなくてもいいんじゃない?」
これ、かなり自然な疑問だと思います。
実際、今のAIは本当にすごいです。文章を書いて、画像を作って、コードまで出してくれる。少し前まで専門的な知識が必要だったことが、かなり身近になりました。
そう考えると、「じゃあ、これからは人がわざわざコードを書く勉強をしなくてもいいのでは?」と思いますよね。
でも私は、むしろAIがここまで身近になったからこそ、プログラミングを学ぶ意味はなくならないと思っています。
ただし、その理由は「将来プログラマーになるため」だけではありません。
これから必要になるのは、AIに何かを作ってもらう技術以上に、「自分は何を作りたいのか」「どこまでAIに任せるのか」「返ってきたものをどう判断するのか」を、自分で考えられることだと思うんです。
AIは「何を作りたいか」までは決めてくれません
たとえばAIに、「ゲームを作って」とお願いすれば、それらしいコードを出してくれるかもしれません。
でも、どんなゲームにするのか。誰が遊ぶのか。簡単なゲームにするのか、難しくするのか。何点取ったらクリアなのか。何を面白いと思ってもらいたいのか。
そこまでAIが勝手に決めてくれるわけではありません。
もちろん、「全部おまかせ」で作ってもらうこともできます。でも、それで自分が本当に欲しかったものになるかというと、たぶん違います。
思っていたものと違えば、「どこが違うんだろう」「何を伝え忘れたんだろう」「どんな条件を追加したら近づくだろう」と考えて、もう一度AIに伝えます。
結局、AIがどれだけ賢くなっても、最初の「何をしたいのか」と、最後の「これでいいのか」は、人の側に残ります。
私は、ここがものすごく大事だと思っています。
プログラミングは、自分の「なんとなく」を具体的にする学びです
プログラミングをしていると、「いい感じに動いてほしい」では何も動きません。
どのボタンを押したら動くのか。どちらへ進むのか。何秒動くのか。どんな条件になったら止まるのか。ゲームなら、何点取ったらクリアなのか。
頭の中では分かっているつもりでも、いざコンピューターに伝えようとすると、「あれ、自分は結局どうしたいんだ?」となることがあります。
そこから、自分の考えを一つずつ分けていきます。
作りたいものを考えて、必要な動きを分けて、順番を決める。そして実際に動かしてみて、違っていたら直す。
これって、AIを使う時もほとんど同じなんですよね。
AIにうまい「魔法の言葉」を覚えることより、自分の中にある曖昧なイメージを、相手に伝わるところまで具体的にできるか。その方がずっと大切だと思います。
AIが出した答えを「それっぽいからOK」にしないために
AIは便利です。でも、普通に間違えます。
かなり自信満々に間違ったことを言うこともありますし、コードも一見動きそうなのに実際に試したらエラーになる、なんてことがあります。
だからAIを使う側には、「本当にこれで合っている?」と確認する力も必要になります。
プログラミングでは、作ったものが正しいかどうかは、実際に動かしてみるとすぐ分かります。ボタンを押して動かなければ、どこかがおかしい。思った方向と違えば、条件や順番を見直す必要があります。
そこで「AIがこう言ったから正しい」で終わるのではなく、自分で試して確かめる。
AIが身近になるほど、私はこの姿勢が大事になると思っています。
便利なものを疑って使え、という話ではありません。便利だからこそ、最後は自分で確かめられる人でいてほしいんです。
最初の一回でうまくいかないのは、プログラミングもAIも同じです
プログラミングの授業では、最初から思いどおりに動くことの方が珍しいです。
キャラクターが反対へ進んだり、音が鳴らなかったり、ボタンを押しても何も起きなかったりします。子どもにとっては、「ちゃんと作ったのに!」というかなり悔しい瞬間です。
そんな時、こちらがすぐに答えを教えてしまえば、作品は早く完成します。
でも、教室では「どこまでは動いている?」「最後に変えたのはどこ?」「一個前に戻してみたらどうなる?」と、一緒に整理しながら本人が気づけるところを探します。
そうしていると、最初はただ「動かない!」と言っていた子が、少しずつ「ここまでは動いてる」「ここを変えてから変になった」と、自分で状況を説明するようになります。
これは、単にプログラムを直す技術を覚えているだけではありません。
うまくいかなかった時に、何が起きているかを見て、原因を考えて、次に何を試すかを決めています。
AIを使う時も同じです。最初に返ってきた答えが違えば、そこで「AI使えないな」で終わるのではなく、条件を足したり、伝え方を変えたりして調整していきます。
一発で完璧な答えを出すことより、うまくいくところまで自分でやり取りを続けられること。その感覚は、これからかなり大事になると思います。
AIに「作ってもらえる人」より、「何を作るか決められる人」になってほしい
これから先、AIを使って何かを作ること自体は、どんどん簡単になっていくと思います。
文章を書く。絵を描く。動画を作る。アプリを作る。今よりもっと簡単に、誰でもできるようになるかもしれません。
そうなった時、差が出るのは「AIのボタンを押せるかどうか」ではないですよね。
何を作るのか。誰のために作るのか。何を面白いと思うのか。どこをもっと良くしたいのか。
そちらを考えられる人の方が、AIをずっと面白く使えるはずです。
だから私は、子どもたちにAIを使わせたくないとは全く思っていません。
むしろ、どんどん使ったらいいと思っています。
ただ、「AIがこう言ったから」「AIが作ってくれたから」で全部終わりにはしてほしくありません。
自分で考えて、返ってきたものを見て、「ここは好き」「ここは違う」「もっとこうしたい」と言える。
最後に決めるのは自分。
そんな使い方ができる子になってほしいと思っています。
これから人がコードを書かなくなるとしても、学ぶ意味は残ると思っています
正直、AIがこれからさらに進化すれば、人が一行ずつコードを書く場面は今より減っていくと思います。
それでも私は、「じゃあプログラミングを学ばなくていい」とは思いません。
なぜなら、Do! Kids Labで子どもたちに学んでほしいのは、コードそのものだけではないからです。
自分が何をしたいのかを考える。必要なものを分ける。順番を考える。実際に試す。うまくいかなければ見直す。
コードを書く量が減っても、この考え方まで不要になるとは思えません。
むしろAIが実際の作業をたくさんやってくれるようになればなるほど、人間の役割は「何を目指すか」と「その結果で本当にいいか」を考える方へ移っていくんじゃないかなと思っています。
AIがあるから学ばなくていい。私は、ちょっと逆だと思っています
電卓があるから、数字の意味を知らなくていいわけではありません。
翻訳ツールがあるから、自分の考えを持たなくていいわけでもありません。
それと同じで、AIがコードを書いてくれるからといって、「自分は何を作りたいんだろう」「なぜこう動くんだろう」と考える必要までなくなるわけではないと思います。
AIがあるから、全部自分でやる必要はなくなります。
でも、全部AIに任せていいという話とも違います。
何を任せるのか。何を自分で考えるのか。返ってきたものをどう見るのか。
その境目を自分で決められる人になってほしい。
私は、これからのプログラミング教育には、そんな意味もあると思っています。
教室でどんなふうにプログラミングと向き合っているのか気になった方は、授業体験をご利用ください。
わっしーコーチ